組み込みエンジニアの間で「RISC-Vをどう扱うか」という問いが急速に現実味を帯びてきた。2025年に入り、大手半導体メーカーのInfineon Technologiesが車載向けRISC-V MCUの開発を発表し、欧州の専門家は「このムーブメントはもう止められない」と語る。本記事では、2026年時点のRISC-V最新動向と、組み込みエンジニアへの実際の影響をまとめる。
RISC-Vとは何か——ARMとの違いを3分で理解する
RISC-Vは2014年にカリフォルニア大学バークレー校で生まれたオープンな命令セットアーキテクチャ(ISA)だ。ARMがライセンス料が必要なプロプライエタリなISAであるのに対し、RISC-Vはロイヤリティフリーで誰でも自由に実装・拡張できる。このため、半導体スタートアップから大企業まで、低コストでカスタムプロセッサを設計することが可能になった。
RISC-Vは登場当初、IoTデバイスや組み込みマイコン向けの「小型・低消費電力」コアとして普及した。しかし現在では、DSP向け高性能コア、AI/HPC向け専用コア、Linuxをサポートするアプリケーションプロセッサなどさまざまなバリエーションが登場し、適用範囲が急速に拡大している(出典:EE Times Japan、2025年3月)。
ARMと共存するRISC-V——置き換えではなく選択肢の拡大
RISC-VはARMを完全に置き換えるわけではない。現時点では「IoT・マイコン用途」や「特定ドメイン向けAIアクセラレータ」での採用が先行しており、ARMエコシステムとの共存が現実的なシナリオだ。RISC-Vの最大の強みは拡張命令の柔軟性にある。ベクタ演算やAI推論向けカスタム命令をユーザーが追加できるため、特定用途向けプロセッサとして活用しやすい。
Infineonが車載向けRISC-V MCUを発表——SDV時代の戦略的判断
2025年3月のEmbedded World(ドイツ・ニュルンベルク)において、Infineon Technologiesは車載業界初となるRISC-Vベースのマイコンファミリーをローンチすることを発表した(出典:Infineonプレスリリース)。これは既存のTriCore™(AURIXファミリー)およびARM®(TRAVEO™ファミリー)を補完する形で新ラインとして追加される計画だ。
Infineonは同時に、RISC-V Internationalのプレミアメンバーシップに欧州メーカーとして初めて昇格。これはInfineonのRISC-Vコミュニティへの長期的なコミットメントを示すものとして業界から注目されている。
SDV(ソフトウェア定義車両)への対応が最大の狙い
自動車業界では「SDV(Software Defined Vehicle:ソフトウェア定義車両)」が急速に普及し、OTAアップデートによるソフトウェアの継続的な更新が常識になりつつある。Infineonのエンジニアは「オープンなRISC-V ISAを採用することで、エコシステムのオープン化と開発コストの最適化を実現できる」と語っている(出典:EE Times Japan、2025年4月)。
開発ツール面でも急速に整備が進んでいる。IAR Systems、Lauterbach、Synopsys、Green Hills Softwareなど主要組み込みツールベンダーが既にRISC-Vサポートを開始しており、Embedded World 2025でバーチャルプロトタイプを用いたプレシリコン段階でのソフトウェア開発デモが披露された。
欧州・日本でのRISC-V普及加速——2025〜2026年が転換点
2025年5月、フランス・パリで「RISC-V Summit Europe」が開催された。バルセロナスーパーコンピューティングセンター(BSC)のTeresa Cervero氏とミュンヘン専門大学のStefan Wallentowitz教授は「RISC-Vのムーブメントはもう後戻りできない局面に達している。列車は既に走り出していて止められない」と語った(出典:EE Times Japan、2025年6月)。
市場調査の予測でも、RISC-VアーキテクチャはAIやHPC分野を含む幅広い市場で指数関数的な成長軌道を描くとされており、商用製品の登場がエコシステムへの信頼感を高める好循環が生まれつつある。
国内動向:RISC-V Day Tokyo 2026 Springで産学官が集結
日本でも、一般社団法人RISC-V協会が主催する「RISC-V Day Tokyo 2026 Spring」が2026年3月5日に東京大学本郷キャンパス(伊藤謝恩ホール)で開催された。産学官から400〜500名のエンジニア・研究者が参加し、商用アプリケーション、AI、チップレットをテーマに最新の技術動向が議論された(出典:RISC-V Alliance Japan)。
組み込みエンジニアへの影響——今から準備すべきスキル
RISC-Vスキルは「オプション」から「強みの一つ」へ
2026年時点では、車載・産業機器向け製品開発においてRISC-Vを「全く知らない」では済まなくなりつつある。ただし明日から全員がRISC-Vエキスパートになる必要はなく、まずは以下の知識を整理しておくことが実用的だ。
- RISC-Vアーキテクチャの基礎:ISAの概念、RV32I/RV64Iの基本命令セット、拡張命令の仕組み(M/A/F/C/Vなど)
- ツールチェーン:GCC/Clangベースのオープンソースツールチェーン、OpenOCDによるデバッグ
- 開発ボードでの実機確認:SiFive HiFive、ESP32-C3(RISC-Vコア搭載)など入手しやすいボードでの動作検証
- RTOS対応:FreeRTOS、Zephyrなど主要RTOSのRISC-V対応状況の把握
エッジAIとRISC-Vの組み合わせにも注目
RISC-VはAIワークロード向けの拡張命令(ベクタ演算命令など)を柔軟に追加できるため、エッジAI用アクセラレータとしての採用も増えている。ルネサスのRA8P1グループ(ARM Cortex-M85 + Ethos-U55 NPU)のような既存のAI対応MCUと並行して、RISC-VベースのAI推論チップも選択肢に加わりつつある。組み込みエンジニアは「ARMかRISC-Vか」という二択ではなく、用途に応じた使い分けの視点を持つことが重要だ。
まとめ
RISC-VはIoT・マイコン用途にとどまらず、車載・エッジAI分野へと急速に適用範囲を拡大している。Infineonの車載RISC-V MCU発表は、この流れを象徴する出来事であり、大手ツールベンダーの対応が整ってきたことで実用的な選択肢となりつつある。欧州・日本ともにエコシステムの整備が加速し、「RISC-Vは知っておくべき技術」から「使える技術」へのフェーズが始まっている。組み込みエンジニアは今のうちにRISC-Vの基礎を押さえ、ARMとの使い分けを理解しておくことがキャリアの強みになるだろう。
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